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« 「日本人のちから」から教師の逆コンピテンシーを読む その5 引き受け力  | トップページ | 「友達を大切に」の落とし穴 »

教育の失敗の真因は何か

  「戦略の失敗」という過去の錯誤を繰り返すため、スローガン倒れ、中途半端な合理化、流行への迎合、相次ぐ目標未達成という現象がひきおこされる。これは企業の失敗を紹介した「会社が繰り返す5つの失敗則」(丹羽哲夫著、中央経済社)で紹介されていることですが、学校教育、教育行政ではどうでしょうか。
 この本では、失敗の「真因」を次の5つであるとしています。
 1 変化感知への無関心
 2 組織力学の放置
 3 状況設定なきスローガン
 4 懸案事項の先送り
 5 業界横並びの新規事業開発

 普通はこれらが複合化し、過去の錯誤が繰り返されているということです。これらの真因のメカニズムを解明し、系統的アプローチを創造していく必要があるとしていますが、教育にもうまくあてはまれば、教育失敗学→教育創造学への道筋も見えてきそうです。
 ここでは真因やその類似現象を整理しておきます。
 真因1 変化感知への無関心
 ~変化を肌身に感じることを嫌う~

 類似現象
A 顧客の声を無視する
B 今後の変化が自社にどのように影響するのかを読めない
C 前例のない変化をすり替える
D 成功事例が出るまで待つ
E 顧客ニーズの変化を探るシステムがない
F 絞り込むことを嫌う
G プロダクトマネジャーが社内調整に忙殺されている
H 市場で認知されなくなった事業を延命させている
 これらは受身の対症療法こそ無難の風土が背景で、経営戦略を誤らせている原因になっています。     

 真因2 組織力学の放置
 類似現象
A 既存事業を延命させる
B 部門のモンロー主義を徹底する
C 社内に危機感がない
D 各部門の開発テーマが多すぎる
E 同じ課題を取り上げている
F 新経営手法を入れてもすぐに消える
G 組織を変えるが何も変わらない
H 総論賛成・各論反対がつねに行われる
 これらは、経営戦略の実現をはばんでいます。

 真因3 状況設定なきスローガン
 類似現象
A 誰も理解できないビジョン
B 流行語の羅列
C 構造的課題を列挙しているのみ
D 事業全体を貫くシナリオがみえない
E 会社のブランドイメージに反する事業展開
F 戦略を担う技術開発が見込めない
G グループ企業の事業展開に触れず
H 事業ごとのミッションが不明確
 状況設定なきスローガンは有害無益です。

 真因4 懸案事項の先送り
 類似現象
A 会長マター事業の売却中止
B 老朽工場の閉鎖見送り
C 聖域部門の解体見送り
D 問題視される子会社の清算先延ばし
E 社内抗争を起こす相談役・顧問の廃止見合わせ
F 申し送り事項の中断先送り
G 旧態依然とした代理店・系列店の温存
H 弊害のある天下り人事の継続
 これらは悪循環を招いている。

 真因5 業界横並びの新規事業開発     
 類似現象
A 同業他社事業の模倣
B 役員の思いつきによる事業案
C 報道された成功事業の模倣
D 独自ビジネスモデルの同質化
E アイデア募集も先発企業の改善版
F 新規事業責任者を異動できる部長とする
 これらはリスクを増大させています。
 ざっと見ただけでも、同じような組織体としての学校や教育行政の課題が見えてきそうです。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より