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「日本人のちから」から教師の逆コンピテンシーを読む その3 想像力・想定力・対応力 

 いじめ問題解決の糸口が,東知事と記者クラブの対立から見えてきたような気がします。

 いじめ対策でも、子ども・教師・保護者にとって共通の力として、想像力・想定力・対応力の3点セットが必要です。

 教室でいじめがおこっている状況を想像してみよう。いじめをしている人たちの気持ち、いじめを受けている子どもたちの気持ちを想像する。なぜそうなったかを想像する。けんかか。私共空間論理か。教師の助長か、放任か。

 そこから次におこることを想定してみよう。いじめられた子はどのような行動の選択があるのか、自殺から自力解決まで。いじめた子どもたちはどうなるか。助長したり見過ごしたりした教師はどうなるか。

 次にどのような対応が必要になるか。いじめを受けた子どもは。いじめをしている子どもは。それをただ見ていた子どもは。教師は。校長は。保護者は・・・・。

 マスコミは、最も想像力・想定力・対応力がなく、それを発揮する機会もほとんどない校長や教育委員会と保護者の対面だけを報道し、それがいじめられた子と保護者へ報いる道だと思っているようですが、肝心な当事者たちへの「踏み込み力」を持たないのがマスコミの限界です。

 マスコミは自分を批判してこない相手しか批判しませんから,東知事のような想定外の人物に出会うと,思わず公共の仮面がはがれてしまって「編集権」などという私共空間論理で自己正当化を図ってしまいます。想像力だけはたくましいが想定力と対応力がないのがマスコミの特徴です。だからいじめる人間と全く同じ精神構造です。マスコミの影響力は大きいので,いじめをする子はマスコミの真似を安心してし続けることができました。

 ただ,そういうマスコミの特質を最近はマスコミ自身が報道(これが本当の「真実に報いる道」)してくれるようになりました。定例記者会見で知事と喧嘩した幹事らしき記者は,どう見ても横柄で私共空間的でした。マスメディアに対する正しい批判的な目が開かれようとしています。もしかしたら,これがいじめ問題解決の糸口になるかもしれません。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より