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学校の統廃合と「私共空間」

 30人学級についてしばらく考えてきましたが、生徒数の減少の関連があるもう一つの教育問題に、「学校の統廃合」があります。

 郵政民営化に反対していた議員の主張に、「郵便局をつぶさせない!」というものがありました。統廃合の反対の意見は、これと似たような印象があります。

 私の住んでいるところから、自転車で5分以内にいける郵便局は、何と6~7カ所もあります。同じく、自転車で10分以内で行ける中学校も、同じくらいあります。

 町内から郵便局や学校が消えることは、おそらくほとんどの日本人にとっては「好ましからざる現象」だと思います。(砂ぼこりや騒音、ピンポンダッシュや落書きなどで迷惑を受けている近所の方は別かもしれませんが・・・)

 公共空間より「私共空間」を優先する日本人の話がとぎれていますが、日本人には「市」や「区」のような(まして「都」や「県」などのような)大きな空間は「自治」の空間とは認識されにくく、「町内」が実感をもって(「マンション内」でも実感をもたない人も多くなっていると思います)把握できる広さの限界でしょう。

 町の自治で成立しているわけではなく、本来はあくまでも「区」や「市」のレベルで検討すべき学校の統廃合。しかし一方で、「地域の中の学校」という存在意義を行政側で指導してきた経緯がありますから、「学校を守れと言ったり、消すぞと言ったり、ころころ変わって何事だ!」という反発はあってもっともです。

 その地域から票を集めているような議員にとっても、反対の声が強ければ死活問題。

 しかし、ほとんど歩いて4~5分しか離れていないところに、1学年1~2クラスしかない学校が2つ必要か?・・・これは、税金の無駄遣いを徹底的に検証している団体から見れば、おかしなことでしょう。統合すると教員数も足し算というわけにはいきませんが、校庭や体育館、プール、図書館などの施設は1つ節約できる。統合の状況によっては、学級の人数が20人代になるかもしれません。

 二つの地域が手を取り合って、新しい学校をもり立てましょう!マンパワーを2倍に!・・・なんて言っても、火に油を注ぐようなものか・・・。

 生徒数の減少はここ十数年、ものすごい勢いでした。クラスの生徒の人数が減ったのに、学力低下という批判を受けている学校。

 「地域の学校」はどうあるべきか。私は生徒数より先生の数が多い学校も管轄していましたが、子どもは本当に神様のように輝いていました。文字通り、「子どもは宝」でした。一人当たり、1000万円以上かけて、教育されている子どもは、親や教師の目から見れば、幸せそのものでしょう。しかし、子どもにとってはけっこうつらいものがあることを感じ取りましたね・・・・。「私共空間」にどっぷりつかって育った子どもたちは・・・。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より