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年代別教師の教育観

 引っ越しが終わり、ようやく自宅の机の上で仕事ができるようになりました。
 先日、50歳代半ばの教師と、「生徒に身に付けさせる力」のあり方について議論したことがありました。
 今の中学生たちは、「役に立つ知識・技能」を求める傾向がある。一方で、「役に立つと実感できない知識や技能」を身に付けようとしない。これはけしからん・・・。
 年配の先生は、「とにかく何でも学ぶことが大事。役に立つ立たないの判断は、中学生にはできない。」という主張でした。自分も中学校時代は、「なぜ学ぶのかを考えるのは危険」という意識をもって、そういう哲学的なことに頭と時間を使うよりは、目の前に山積している課題を処理することに専念していました。
 しかし、教師になって強く感じるようになったのは、「テストの時にしか役に立たないような無駄な知識が多いのは確か。そんなことの習得に時間を費やすよりは、将来使える力を伸ばすことに重点をおきたい」ということでした。教師になって10年がたったころ、総合的な学習の時間の試行がはじまり、その研究と実践に教科指導なみに力を入れてきました。しかし、「教養主義的」教師からは、知識量の低下を嘆く声が出始めた頃でもありました。
 ここで気づいたのは、年配の教師は子どもには教養を求めるが、自分にはそれを課さない。新しい学力観やコンピュータ等の活用技能など、「役に立つと実感できない知識や技能」を身に付けようとしないのは彼らたちであったということでした。
 少し脱線するようですが、私が東京都で教師になった年は、都の中学生の数は33万人でした。現在は22万人を割っています。(しかし学校数は665校から639校までしか減っていません。)この間、生徒数は一貫して減少傾向にありました。
 私より15歳以上離れた教師の場合は、新任のころから10年以上は生徒数が増え続け、47万人近くまで中学生が増えました。東京都の中学生は今の2倍以上いたのです。教師も大量に採用されました。
 団塊の世代の中学校教師が現場を退く時期が近づいていますが、彼らが教師になった頃の「日本の先行き40年」と、私が教師になった頃の「バブル絶頂・崩壊からの40年」とでは、日本の未来の展望の明るさには非常に大きな隔たりがあるような気がします。団塊世代の教師は若い頃に校内暴力等が激しかった時代を経験していますが、それを乗り越えてきたせいか、「たいした教育でなくてもあとは何とかなる」と呑気なムードがただよってくる。
 しかし、これからの20~30年を現場で過ごす教師は、団塊世代の教師とともに、彼らが育てた校内暴力世代を親にもつ中学生がこれから続々と入学してくるような環境なので、とても大きな使命を背負わされているという感覚が強い。社会の変化に対応する力をつけさせるというのは、ずいぶん前から教育の使命になっているはずだが、メディアリテラシーをはじめとして、時代についていけなかった人たちを送り出しながら、また大量に採用され始める新米教師のめんどうも見なければならない・・・。
 そういう感覚が影響しているせいか、私などは「学校で学ぶ知識や技能が役に立つと実感させられない教師が生徒からそっぽを向かれるのは無理もない」と思ってしまいます。
 教育番組で特集してほしいのは、年代別の教師の教育観の違いを浮き彫りにするような企画です。少なくとも教育論では、現場からはずれた教育評論家や、年配の教師に活躍してほしい。現場から彼らが去っていく前に議論で溝を埋めていきたい気持ちです。
  
 
 

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教育」カテゴリの記事

コメント

コメントありがとうございます。
貴殿のとても力が入ったブログも拝見させていただきました。
東京都の場合、中学生が47万人いた昭和60年、教員は2万人でした。平成18年の中学生は22万人ですが教員は1万4千人。統廃合を進めれば、教員を新たに採用する必要はないのですが、もちろんそうはいきません。小学校では教員採用試験の倍率が3倍を割り込みました。就職も有利になっている中での3倍割り込みは、人事管理の観点からみると非常に危険な数字です。
30代、40代の教員の指導力UPが特に重要だという観点から、私は教師のコンピテンシーづくりを提唱しています。

はじめまして。redu06と申します。

内容の濃いブログ、参考にさせていただいています。共感する部分が多いです。
よかったらリンクさせてください。

団塊世代の退職、恐ろしいですね。これだけ教育が危機に瀕していながら、後輩たちにはあまり何も残そうともしない教師が多いのは唖然とします。「これからが大変だね」とか言いながら退職する彼ら、罪が重いと思います。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
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    「楽毅」第二巻より
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    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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    「楽毅」第二巻より
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    「歴史の活力」より
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    「子産(下)」より
  • 人というものは、恩は忘れるが、怨みは忘れぬ。
    「孟嘗君 5」より
  • 人はたれにもあやまちがあります。あやまちを犯しても改めれば、これほど善いことはありません。『詩』に、初めはたれでも善いが、終わりを善くする者は鮮(すくな)い、とあるように、あやまちをおぎなう者はすくないのです。
    「沙中の回廊(下)」より
  • 「わたしは侈っている者を烈しく憎まない。なぜなら侈っている者はおのずと滅ぶ。が、なまけている者はどうか。わたしはなまけている者をもっとも憎む」
    「沙中の回廊(下)」より
  • 人を得ようとしたければ、まずその人のために勤めねばならぬ。すなわち、晋が諸侯を従えたいのであれば、諸侯のために骨折りをしなければならない。
    「子産(上)」より
  • 知るということは、活かすということをして、はじめて知るといえる。
    「青雲はるかに(上)」より
  • 師はつねに偉く、弟子はつねに劣っているものでもない。弟子の美点に敬意をいだける師こそ、真に師とよんでさしつかえない人なのではないか。
    「孟嘗君 2」より
  • 人を家にたとえると、目は窓にあたる。窓は外光や外気を室内にとりいれるが、室内の明暗をもうつす。そのように目は心の清濁や明暗をうつす。
    「孟嘗君 2」より
  • 人にものごとを問うということは、質問そのものに、問うた者の叡知があらわれるものである。
    「孟嘗君 3」より
  • 人から嫌われることを、避けようとする者は、心の修養ができていないことである。
    「中国古典の言行録」より
  • 人を利用すれば、かならず人に利用される。・・・企てというのは、人に頼ろうとする気が生じたとき、すでに失敗しているといってよい。
    「太公望 中」より
  • 与えられてばかりで、与えることをしないことを、むさぼると申します。むさぼった者は、なべて終わりがよくない
    「孟夏の太陽」より
  • ・・・料理をつくりながら、人と組織とをみきわめたのか。素材が人であれば、素材を合わせてつくった料理が組織である。それ自体はにがく、からいものでも、他の素材と合わされば、うまさを引きだすことができる。煮るとか蒸すとかいうことが、政治なのかもしれない。
    「太公望 中」より
  • 他人を変革するためには、まず自己を改革しなければならね。
    「太公望 中」より
  • 人が何かを得るには、二通りあります。与えられるか、自分で取るかです。(中略)与えられることになれた者は、その物の価値がわからず、真の保有を知りませんから、けっきょく豊さに達しないのです。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • みじかいなわしかついていないつるべでは、深い井戸の水を汲むことはできない。
    「奇貨居くべし 黄河編」より
  • 人は目にみえるものを信じるが、そのことにはかぎりがあり、けっきょく、人が本当に信じるものは、目にみえぬものだ
    「晏子」第二巻より
  • 人にはそれぞれこだわりがあり、そのこだわりを捨てて、変化してゆく現実や環境に順応してゆくことの、何とむずかしいことか。
    「奇貨居くべし 飛翔篇」より
  • 失敗を心中でひきずりつづけると、起死回生の機をとらえそこなう。それは戦場における教訓にすぎないともいえるが、大きな勝利とは、相手の失敗につけこむのではなく、自分の失敗を活かすところにある。楽毅の信念はそうである。
    「楽毅」第四巻より
  • 人の頭脳のなかの眼力は、木の幹にあたるであろうが、幹をささえるものは知識という葉ではない。根である。根は地上の者ではどうすることもできない伸びかたをする。その根は天から落ちてくる水を吸い、人からあたえられる水も吸って太ってゆく。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • 大木にするためには、幹の生長に目をうばわれがちであるが、地中の根を大きく張らせることを忘れてはならない。花を咲かせることをいそぐと、花のあとの結実をおろそかにしてしまう。要するに、大木でなければ豊かな実をつけないということである。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • あらゆる事態を想定して準備を怠らず、変化に対応できるようなトップでいなければならない。
    「中国古典の言行録」より