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水戸黄門が民主国家を滅ぼす?

 50代以上の方の考え方に違和感を覚えることが多いのですが、職場に20代・30代が少ないので対話ができず困ります。
 岡本薫「日本を滅ぼす教育論議」(講談社現代新書)では、日本人の「お上頼み」、(司馬遼太郎の)「専門家畏敬主義」が紹介され、その典型的な例として「水戸黄門」などの例が紹介されています。
 歴史的背景をふまえると、日本人が「権威」に弱いことはある程度証明できると思いますが、「弱者の味方をする権力者」がみんな大好きなのでしょうか?50代はみんな「水戸黄門」が好きなのでしょうか?若い世代は?
 私は「水戸黄門」については、子ども時代に観ていたウルトラマンと同じレベルで、最初から必殺の兵器(葵の御紋、スペシウム光線)を出せばいいのに、番組を成立させるために最後に持ってくる、くらいの認識なのですが、著書によれば、権威ある者が悪者を倒すのを日本人は爽快だと感じる。これは、遠山の金さんや暴れん坊将軍、大岡越前も同じだと言います。・・・私の感覚では、意地悪なおとり捜査ばかりでは世の中はよくならないのでは?現場の優秀な行政官にとっては迷惑な話?結局、絶対に主人公は負けないから安心して観ていられる・・・程度の認識です。
 「水戸黄門のように非民主的な番組の視聴率が高いうちは、日本を民主国家とは認めない」なんて言われたくありません。ただ、権威に弱いという特質があるのなら、それをうまくコンピテンシーに取り込めないか?と試行(思考)錯誤しています。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より