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「私共空間」から「私たちみんなの空間」へ

 学校という場を「公共の空間」と認識している教師や生徒はどれだけいるでしょうか。

 最近、やっと校舎内が禁煙となりました。

 しかし、公共の場の禁煙という原則が徹底しなかったために、「校舎内がだめなら、校舎の外で吸う」という教師たちが、休み時間に外の一角で群がって煙草を吸う光景が見られることがありました。当たり前の話なのですが外部から見ると異常に目立って見えて、ようやく「敷地内」全域の禁煙が徹底するようになりました。

 日本がまだ「開国」「一等国化」していない側面の一つに、喫煙率があります。

 先進国の中で、日本は喫煙率が高いことは知られていますが、それはいかにも自然や健康に配慮しているようにうまく見せているコマーシャルのせいでしょうか?

 それはさておき、日本人には「私共空間」という強力な「空気」を発する場を作り出す傾向が強いので、「公共の場」の範囲を徹底しないと、なかなか理想的な空間は作れません。

 「私共空間」は、ルールに則してないことでも「私共」であれば無敵です。小さい子どもをだっこしてとても疲れた雰囲気の母親が電車に乗ってきたが、だれも席を譲ろうとしない。眠っている。しかし、しばらくして一人が席を譲ったことで、眠っていたはずの人々は目を覚ます・・・。よくある風景です。「私共も疲れておりますのであなたには席を譲れません」というメッセージを、寝たふりをすることで送る。

 学校教育で「公共の精神」を養うことに重点をおくとすると、まず学校は「公共の空間である」ことを教師にも生徒にも徹底させなければなりません。部活指導に熱心な教師にも。

 教師に公共の精神が宿っているかどうかは、「机の上は整理整頓されているか。」「時間や期限を守っているか。」でひとまず評価できるでしょう。

 以前に、「生徒がだらしなくてこまる」と相談された学校の話をしましたが、外部の目から見ると、教師の方も十二分にだらしない。

 チャイムと同時に授業が開始できるかどうか。教師が空間や時間をルーズに扱わないようにしましょうと助言したら、しばらくして効果があったようでした。

 教育には、「私共空間」を「私たちの空間」「みんなの空間」に変える力が求められています。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より