いじめとマスコミの違い=継続性と一過性
「ひろみ」さんより、コメントをいただきました。ありがとうございました。
はじめまして。
いじめから子供をまもろう!から来ました。
こちら地方のせいか、放送されてません。
でも、見なくても、ある程度、想像はつきましたよ。
普段の放送見てても、そうだし。
少年事件の時に「二度とこのような痛ましい事件が繰り返されないよう、少年の心の闇の解明をしていくことが急務です」などと、言っても、その場限り、話題性がある内しか、取り上げません。
もう、7年前になるでしょうか?
ある真面目な優等生と目されていた中学生か高校生が、老夫婦で経営してる小さな本屋に忍び込み、見つかって奥さんを漬物石かで殴り殺した事件が気になって、続報を待っていましたが、ある筈もなく、PTAの研修の講演会で、講師の方が、その事件の背景を知ってみえて、話を聞いたら、あぁ、そのパターンだったかと。
その情報をTVで放送したら、大変、子育てに参考になるのに、しない。やはり、する気ないんだな。その時、本当に、マスコミだけの情報では、何も分からない。ルポライターに期待する。と、思いました。
女子高生コンクリート事件も、そう。
かえって、ネットの世界のなの方が、誹謗中傷、がせネタも確かにあるけど、マスコミより、欲しい情報が、知りたい情報が、たくさんあります。
マスコミは、日本独特の「空気」の世界に存在しながら、自己が存続しやすい「空気」を作り出すという存在です。教育再生会議の「いじめ問題への緊急提言」の⑧で、「いじめ問題については、一過性の対応で終わらせず、・・・」という指摘があるように、番組などでも「~については引き続き・・・」とうコメントが入れられるようになっていますが、その続報がいつどのような形で行われるかは、ずっとテレビを見ていないとわかりません。
デジタル化が進む時代ですから、情報番組には、放送で約束した「取材の継続」をHP等で「続報特集」として公開するなどの手法をとってほしいものですね。それをさらに第三者機関が評価して、優れた情報番組をランク付けするような企画もほしいです。
いじめなど教育の問題については、けっしてステレオタイプ化した観念を垂れ流すのではなく、個別に隠された(隠れている可能性がある)諸条件を洗い出す作業を継続してほしいと思います。その役割を担うのは、日本の代表的な「公的な私共空間」の主役であるマスコミなのか、「民の公共」としての地域のコミュニティなのか、インターネット空間なのか、・・・最終的には行動や実践の場である「学校」の役割でなければいけないのは、言うまでもありません。




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