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齋藤孝「教育力」から教師の「逆コンピテンシー」を読むーその12 優れた試験問題

 良問によって教科のすごみを伝えているか 
 (逆コンピテンシーその12 自分がつけさせた力を問う問題が作れない・・・「対人指導力」などに課題)
 失敗例では,「3:表面的な評価」などに関連があります。
 良問とは,生徒の身につけた力を存分に引き出せるもので,かつ,まだ到達していない領域へのあこがれを喚起できるテスト問題のことです。
 地元の塾などでは,学校の定期考査問題をストックし,データベース化して生徒に練習させるのに使うので,同じ問題は出せません。しかし,毎年全く新しい問題を出すというわけにいかないので,試験用の教材とテスト用の教材を使い分けるなど,教師には多くの「ひきだし」「ストック」が必要になります。
 教師の教科指導へのこだわりや指導力を評価する最良の方法は,定期考査をチェックすることです。問題の質で授業の質もわかります。
 ほとんど覚えているだけで答えられるような問題をテストで主題している教師が,「思考判断」「資料活用」などの観点別評価をまともにやっているはずがありません。
 齋藤孝が紹介しているように,私も論述問題を出題した後,評価の基準を授業で話し合いで決めさせ,事例として配布した数人の解答と自分の解答の採点をさせたことがあります(例:「中世の日本は一つの国家といえたのだろうか」)。「国とは何かをどう定義したか」「中世の社会の特徴を適切に述べられたか」「定義と特徴を関連づけて説明しているか」など,客観的な評価項目が完成し,「力を補充し伸ばすことにも結びつく」復習も実現できました。
 「テストは復習が大事」は学力向上の絶対法則ですが,「復習しろ」というだけでは始まらないので,別解の検討や学習の深化が図れるように,採点後に配布する解答・解説集に補充問題等をのせることも効果的です。

参考 齋藤孝「教育力」(岩波新書) 93頁,100頁より
「テストは,その生徒の能力をはかったり,個人差をつけて選別したりするための必要悪である―などというちっぽけな考えを持って試験問題をつくってはいけない。その試験問題を通してその教科のすごみを伝えてやろう,というぐらいでないといけないのだ。」
「子どもには教壇に立たせるだけでなく,採点をやらせることも大事である。採点者になる。あるいは問題作成者になる。これが,ある意味では教育の中でもっとも効果的なやり方なのだ。」

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より