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齋藤孝「教育力」から教師の「逆コンピテンシー」を読むーその11 クリエイティブな関係

 関係の力を信じ,伸ばすことにこだわりを持っているか
 (逆コンピテンシーその11 能力にこだわり伸ばすことにはこだわらない・・・「対人変革力」「成果追求力」などに課題)
 失敗例では,「18:長所が引き出せない」「53:普通の子どもといってしまう。」に関連があります。
 教師個人の能力の優劣というより,固定化しているスタイルの問題といった方が適切かもしれませんが,授業のあり方というのは,本当にさまざまなタイプがあります。
 私が考案した授業の分析方法のひとつに,生徒が行っている活動を,「興味をもつ」「読む・聞く」「考える」「まとめる」「調べる」「書く・描く」「理解する」「つくる」「話し合う」「発表する」「振り返る」「生かす」という12の項目から評価し,それぞれにどのような成果が見られたかを判断するというものがあります。(指導要領では4つの観点ですが,生徒が自ら自己評価できるような簡易な項目に分けてあります。なお,総合的な学習の時間では,これらの活動を,学習テーマの特性に応じて自ら構成していくことを目標としました。)
 学級崩壊状態は別として,最もレベルの低い授業というのは,生徒が「読む・聞く」「書く・描く」だけで50分が終わってしまうものです。よく教師が「わかりやすいまとめ」を板書して,生徒がノートにそれを写すことがありますが,「理解する」成果を残せない生徒の多くは,ただ「写している(書く・描く)」だけで,自ら「考え」て「まとめる」わけではないために,学習に主体性が乏しく,力がつかないままになります。
 齋藤孝は「話し合い」などを重視していますが,教師はさまざまな方法を試して,「あの子はもともと学力が低いから,私の話にはついてこれない」と投げてしまうのをやめるべきです。
 
参考 齋藤孝「教育力」(岩波新書) 72,73頁より
「たとえば,二人一組になってずっと話していたり,ディスカッションしたり,お互いにチェックし合ったりしている中で伸びていく力がある。これで両方が伸びていく場合は,その二人にそれぞれ個別に才能があったという言い方もできるけれども,そういう関係性がクリエイティブであったと言うほうが当たっているだろう。」
「関係をクリエイティブにできるかどうか,というところに教師の力量が問われるのである。才能のある個人は伸びていく,才能のない人は伸びない―これだと教師の力量はそれほど大きな意味をもたない。才能のある人というのは,教えられなくても伸びていく人だ。」

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より