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学校現場と行政のちがい

 私が行政経験のある方から直接いただいたアドバイスは、行政は文書主義であるということと、常に法令を根拠に説明し、その責任は「あなた」ではなく「○○教育委員会」「○○区市町村」「○○都道府県」が負うことになるということでした。実際、まさにその通りで、「私はこう考えるのですが・・・」と言いたいことも山ほど出てくるのですが、公務員に必要なのは個人の見解ではなく、憲法や法律、法令、答申、学習指導要領、基本方針などに基づく言動です。
 公的な場では型にはまったことしか言わない(言えないのではなく、言わない)のは、それが公務員だからです。たまにそうでなかった方が「伝説の指導主事」とか言われていますが、今はそういう「におい」のする人は危険なので任用されていないと思います。
 一方で学校現場の教師が、いかに公務員としての意識が低かったかは、自校の憲法ともいうべき「教育課程」の指導の重点などを説明できたかをふりかえることでわかります。
 学校現場ではいかに法令遵守の精神が欠けているか、私はそこまでこのブログで公開する気はおきませんが、三大トラブルである交通事故、セクハラ、体罰による処分件数の多さに驚かれることでしょう。校長ぐらいがやらないと多すぎて新聞記事になりません。
 ご質問をお受けしたとき、本来お伝えするべきことはこの程度のことで十分だったはずですが、ほかにも余計なことまで申し上げました。失礼いたしました。釈迦に説法ですが、憲法15条だけでなく、憲法99条は公務員ならきちんと頭に入れておくべきね。

第10章 最高法規
第99条〔公務員の憲法尊重擁護義務〕
 天皇または摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う。

 この条文を、公務員にも「思想の自由がある」という解釈で、上司の命令を無視して行動する教師がいます。また、教育関係者のブログの中で、行政による「管理」を「不当な支配」と批判している方もいらっしゃいます。行政は法令や答申等に基づいて正当な要求をしているだけなのに、日本人特有の「公共空間ぎらい」=「公共心の欠如」=「私共(わたしども)空間好き」という文化のせいで、「攘夷運動」が好きなのです。行政は学校を武力ではなく、法の力によって「開国」させなければなりません。
 こういう方々との問答のシミュレーションをしておくといいかもしれませんね。
 

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教育」カテゴリの記事

コメント

23日金曜日はどうも有難うございました。公立校教員は、教育公務員として守られながら「権利の上にあぐらをかく」ような姿勢もよく見られます。また、「学び続ける教師と学び続けない教師」とがいる状況も学校現場の課題だなと考えさせられます。
土曜日は経営系の研修会で、行政は軍隊組織みたいな面もあり甘くないが最後は人間性だ、といわれました。いつでも視野が狭くならないよう、気を付けながら頑張っていきたいと思っています。では。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より