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齋藤孝「教育力」から教師の「逆コンピテンシー」を読むーその14 時間の扱い方  

 教師は時間や期限を守っているか?
 (逆コンピテンシーその14 時間にルーズである,効率を重視しない・・・「効率追求力」などに課題)
 失敗例では,「30:環境の作り手は教師・・・。」に関連があります。
 「時間を大切にしよう」「時間を守ろう」は,多くの学校で必ず月間や週間の生活目標に掲げられるもので,逆に言えば徹底が難しい(守られにくい)ことの一つです。廊下にそんなスローガンが貼ってある学校というのは,生徒がふだんから時間を守っていないことを宣伝しているようなものです。
 社会に出ると「時間を守らない」「期限を守らない」ことで信用を失い,仕事をなくす恐れもあるので,学校教育で徹底してしつけるべきことだというのは,だれも異論のないところでしょう。
 さて,教師の方は,時間や期限をきちんと守っているでしょうか。
 校内の会議は,必ず時間通りに始まるでしょうか。私は,開始時間を守らない教師を絶対に信用しません。「生活指導で遅れました・・・」と平気な顔で言いますが,会議の開始時刻に合わせて指導というのは行うべきで,緊急の場合には少なくとも一度は出席者に断ってから続けるものです。時間にルーズな教師は,たいてい多忙な教師ではないのです。多忙な教師ほど,時間効率を重視しなければ仕事が終わらないため,仕事の重要度,適時性,緊急性を総合的に判断し,優先順位を決めて行動しているのです。一部の教師の怠慢によって,貴重な時間が失われるのは許されることではありません。
 授業の開始時刻は守っているでしょうか。チャイムが鳴り始めてから職員室や準備室を出ている教師はいないでしょうか。中学校では,教室移動や着替えなどもあって,生徒は授業遅刻に注意しなければなりませんが,荒れている学校では,体育の後の授業は必ず開始が遅れたり,チャイムがなっても教師が来るまで遊んでいるという状況が見られます。
 私は授業と授業の間の(ほとんどの中学校では10分間)時間を,「休み時間」とは言わせず,「(次の授業への)準備時間」と呼んでいましたが,チャイムは授業の開始の合図であって,着席を始める合図ではないことを分からせるのはたいへんでした。
 事務関係の書類を,提出期限までに出しているでしょうか。・・・
 きりがありませんが,教師は環境の作り手であることを肝に銘じる必要があると思います。
 
参考 齋藤孝「教育力」(岩波新書) 123頁より
「私は,実はストップウォッチを持たずに授業をするのは犯罪だ,と思っているぐらいなのだ。簡単に言うと,「人の時間を何だと思っているのだ」ということである。私の授業では,「次の作業は一分半」といったら一分半で切る。そうやっていくと,ふつうは授業の三倍は密度が濃くできる。ストップウォッチを使えば,誰でもそうなる。教育界では,「効率の良さ」があまりにも軽視されている。このことに私は強い怒りを感じている。」

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より