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(2) 昭和26年の改訂

(2) 昭和26年の改訂

 昭和22年の学習指導要領は,戦後の教育改革の急に迫られて極めて短時日の間に作成されたもので,例えば,教科間の関連が十分図られていなかったことなどの問題があった。そこで,昭和23年以降学習指導要領の使用状況の調査を行う一方,実験学校における研究,編集委員会による問題点の研究などを行い,その改訂作業を始めた。さらに,昭和24年には,小学校,中学校及び高等学校の教育課程に関する事項の調査審議を行うための教育課程審議会を文部省に設け,同審議会から,昭和26年1月に道徳教育の振興について答申を受けた。
 このような経過を経て,学習指導要領は,昭和26年に全面的に改訂され,昭和22年の場合と同様に,一般編と各教科編に分けて試案の形で刊行された。その改訂の主な特色は次のとおりである。

 昭和26年の改訂では,必修教科が国語,社会,数学,理科,音楽,図画工作,保健体育,職業・家庭に,選択教科が外国語,職業・家庭,その他の教科で構成された。また,この他に昭和24年の改訂で設けられた特別教育活動については,主要なものとして,ホームルーム,生徒会,クラブ活動及び生徒集会が挙げられた。道徳教育の振興の観点から,学校教育のあらゆる機会をとらえ,周到な計画のもと,生徒の道徳的発達を助け,判断力と実践力に富んだ自主的,自律的人間の形成を目指すこととした。さらに,生徒指導(ガイダンス)及び職業指導は学校教育における重要な任務として取り上げられた。
 なお,この学習指導要領においては,昭和22年の学習指導要領の「教科課程」という用語に代えて「教育課程」という用語が用いられた。その後,昭和28年に教育課程審議会から社会科の改善に関する答申を受け,「社会科の改善についての方策」を発表するとともに,この方策に沿って学習指導要領社会科編の改訂を行い,昭和30年12月に刊行した。この改訂においては,社会科における道徳教育,地理,歴史教育の充実という観点から行われた。

2019年11月
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より