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学習指導要領等の改訂の経過(中学校学習指導要領解説総則編より) (1) 昭和22年の学習指導要領

(1) 昭和22年の学習指導要領

 この最初の学習指導要領については,昭和22年3月に一般編が刊行され,引き続き各教科編が相次いで刊行された。即ち,学校教育法施行規則により,中学校の教育課程は必修教科と選択教科とに分けられ,前者は国語,社会,数学,理科,音楽,図画工作,体育及び職業を基準とし,後者は外国語,習字,職業及び自由研究を基準とすることと定められ,さらに,教科課程,教育内容及びその取扱いについては,学習指導要領の基準によることと定められた。
 このようにして新制中学校の教育は始められたが,実施の結果を考慮して,昭和24年に体育は保健衛生をも合わせて指導するよう保健体育に改め,職業科は農業,商業,水産,工業,家庭の5つのうち1ないし2以上を学習すると定められていたのを,栽培,食品加工,手技工作,経営記帳,調理等の12項目に分け,一層実生活に役立ち得るように改め,その名称も職業・家庭と改めた。また,自由研究も新たに生徒の自発的活動を中心とする教科以外の活動を組織した特別教育活動の時間を設けたことによって廃止された。
 これらの教科等ごとに授業時数が定められたが,1単位時間については,昭和22年には特に定めていないが,昭和24年以降は,原則として50分となった。

2019年11月
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より