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9 海外から帰国した生徒や外国人の生徒の指導(第1章第4の2(9))

9 海外から帰国した生徒や外国人の生徒の指導(第1章第4の2(9))

( 9 ) 海外から帰国した生徒などについては, 学校生活への適応を図るとともに, 外国における生活経験を生かすなどの適切な指導を行うこと。

 国際化の進展に伴い,学校現場では帰国生徒や外国人生徒の受け入れが多くなっている。これらの生徒の多くは,外国における生活経験等を通して,我が国の社会とは異なる言語や生活習慣,行動様式を身に付けているが,一人一人の実態は,その在留国,在留期間,年齢,外国での就学形態や教育内容・方法,さらには家庭の教育方針などによって様々である。このため,これらの生徒の受け入れに当たっては,一人一人の実態を的確に把握し,当該生徒が自信や誇りをもって学校生活において自己実現を図ることができるように配慮することが大切である。
 海外から帰国した生徒や外国人の生徒の中には,日本語の能力が不十分であったり,我が国とは異なる学習経験を積んでいる場合がある。このため,日本語の習得については,日常的な取組を基本としつつ,特に文字の読み書きについては,段階的,効率的な指導を工夫することが必要である。なお,外国人生徒等の中には日常的な日本語の会話はできていても学習に必要な日本語の能力が十分ではなく,学習活動への参加に支障が生じている場合もあることに留意する必要がある。また,教科の指導においては,生徒一人一人に応じたきめ細かな指導が大切である。このような指導は,通常の授業や日常の学校生活において十分配慮することが基本ではあるが,これらの生徒の実態によっては,取り出し指導や放課後を活用した特別な指導などの配慮をすることも大切である。なお,この場合,あまりにも性急に未履修分野の指導を進めようとするのではなく,当該生徒の実態に合わせて,最も適した方法を選択し,学習の成果が上がるように努めるようにすることが大切である。特に,言葉の問題とともに生活習慣の違いなどによる不適応の問題が生じる場合もあるので,教師自身が当該生徒の在留国に関心をもち,理解しようとする姿勢を保ち,温かい対応を図るとともに,当該生徒を取り巻く人間関係を好ましいものにするよう学級経営等において配慮する必要がある。また,外国人生徒については,課外において当該国の言語や文化の学習の機会を設けることなどにも配慮することが大切である。
 また,海外から帰国した生徒や外国人の生徒は,日本の生徒が経験していない外
国での貴重な生活経験をもっている。外国での生活や外国の文化に触れた体験を,本人の各教科等の学習に生かすようにするとともに,他の生徒の学習にも生かすようにすることが大切である。さらに,外国で身に付けたものの見方や考え方,感情や情緒,外国語の能力などの特性を生かすよう配慮することも大切である。このような機会としては,外国語のほか,例えば社会科や音楽科などの教科や道徳,総合的な学習の時間での学習活動,特別活動における学校行事などが考えられるが,生徒や学校の実態等に応じて適宜工夫することが必要である。
 このような,海外から帰国した生徒や外国人の生徒については,本人に対するきめ細かな指導とともに,他の生徒についても帰国した生徒や外国人の生徒の長所や特性を認め,広い視野をもって異文化を理解し共に生きていこうとする姿勢を育てるよう配慮することが大切である。そして,このような相互啓発を通じて,互いに尊重し合う態度を育て,国際理解を深めるとともに,国際社会に生きる人間として望ましい能力や態度を育成することが期待される。

*中学校学習指導要領解説 総則編(平成20年9月) 第5節 教育課程実施上の配慮事項より 

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より