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3 生徒指導の充実(第1章第4の2(3)) 

3 生徒指導の充実(第1章第4の2(3))

(3) 教師と生徒の信頼関係及び生徒相互の好ましい人間関係を育てるとともに生徒理解を深め,生徒が自主的に判断,行動し積極的に自己を生かしていくことができるよう,生徒指導の充実を図ること。

  生徒指導は,学校の教育目標を達成するために重要な機能の一つであり,一人一人の生徒の人格を尊重し,個性の伸長を図りながら,社会的資質や行動力を高めるように指導,援助するものである。すなわち,生徒指導は,すべての生徒のそれぞれの人格のよりよき発達を目指すとともに,学校生活がすべての生徒にとって有意義で興味深く,充実したものになるようにすることを目指すものであり,単なる生徒の問題行動への対応という消極的な面だけにとどまるものではない。
 学校教育において,生徒指導は学習指導と並んで重要な意義をもつものであり,また,両者は相互に深くかかわっている。各学校においては,生徒指導が,一人一人の生徒の健全な成長を促し,生徒自ら現在及び将来における自己実現を図っていくための自己指導能力の育成を目指すという生徒指導の積極的な意義を踏まえ,学校の教育活動全体を通じ,その一層の充実を図っていくことが必要である。
 生徒指導を進めていくうえで,その基盤となるのは生徒一人一人についての生徒理解の深化を図ることである。一人一人の生徒はそれぞれ違った能力・適性,興味・関心等をもっている。また,生徒の生育環境も将来の進路希望等も異なる。それ故,生徒理解においては,生徒を多面的・総合的に理解していくことが重要であり,学級担任の教師の日ごろの人間的な触れ合いに基づくきめ細かい観察や面接などに加えて,学年の教師,教科担任,部活動等の顧問教師などによるものを含めて,広い視野から生徒理解を行うことが大切である。また,思春期にあって生活環境の急激な変化を受けている中学生の不安や悩みに目を向け,生徒の内面に対する共感的理解をもって生徒理解を深めることが大切である。
 生徒理解の深化とともに,教師と生徒との信頼関係を築くことも生徒指導を進める基盤である。教師と生徒の信頼関係は,日ごろの人間的な触れ合いと生徒と共に歩む教師の姿勢,授業等における生徒の充実感・成就感を生み出す指導,生徒の特性や状況に応じた的確な指導と不正や反社会的行動に対する毅然とした教師の態度などを通じて形成されていくものである。その信頼関係をもとに,生徒の自己開示も高まり,教師の生徒理解も一層深まっていくのである。
 また,学校教育は,集団での活動や生活を基本とするものであり,学級や学校での生徒相互の人間関係の在り方は,生徒の健全な成長と深くかかわっている。生徒一人一人が存在感をもち,共感的な人間関係をはぐくみ,自己決定の場を豊かにもち,自己実現を図っていける望ましい集団の実現は極めて重要である。すなわち,自他の個性を尊重し,互いの身になって考え,相手のよさを見つけようと努める集団,互いに協力し合い,主体的によりよい人間関係を形成していこうとする集団,言い換えれば,好ましい人間関係を基礎に豊かな集団生活が営まれる学級や学校の教育的環境を形成することは,生徒指導の充実の基盤であり,かつ生徒指導の重要な目標の一つでもある。教育機能としての生徒指導は,教育課程の特定の領域における指導ではなく,教育課程の全領域において行わなければならないものである。特別活動における学級活動などは,集団や社会の一員としてよりよい生活を築くための自主的,実践的な学習の場であるとともに,人間としての生き方について自覚を深め,自己を生かす能力を養う場であり,生徒指導のための中核的な時間となると考えられるが,あくまでも学校の教育活動全体を通じて生徒指導の機能が発揮できるようにすることが大切であり,教育課程の編成に当たっては,この点に十分配慮する必要がある。
 なお,生徒指導を進めるに当たっては,全教職員の共通理解を図り,学校としての協力体制・指導体制を築くとともに,家庭や地域社会及び関係機関等との連携・協力を密にし,生徒の健全育成を広い視野から考える開かれた生徒指導の推進を図ることが重要である。そのためには,保護者との間で学校だよりや学級・学年通信等,あるいはPTAの会報,保護者会などにより相互の交流を深めることが大切であり,また,地域懇談会や関係機関等との懇談会などを通して交流と連携を深めるなど,日ごろから生徒指導の充実に取り組むことが必要である。

*中学校学習指導要領解説 総則編(平成20年9月) 第5節 教育課程実施上の配慮事項より 

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より